E.JOURNAL

インタビュー

Date2024.03.26

『E.ジャーナル』はメンバーが「いま気になる人」に“学び”をテーマに取材していく、EXD.Groupオリジナルコンテンツです。第5回目のゲストは、株式会社[とお]一級建築士事務所所長の村口玄さんです。

多様性の国・マレーシアでのキャリアスタート

コロナ禍を乗り越え、スポーツ観戦や音楽ライブが活気を取り戻してきた昨今。その盛り上がりを支える会場となる民間アリーナを複数設計しているのが、一級建築士の村口玄さん。また、仙台の人気カフェ『カフェ・モーツァルト』や、世界一と称されたスペインの『エル・ブリ』で腕を磨いたシェフ・高橋幸輝氏の店『ゆきむら』の内装を手がけるなど、大規模な商業建築から世界観を実現する内装設計まで、多彩な才能を発揮し活躍されています。

そんな村口さんの建築家としてのスタートは、なんとマレーシア。「飛行機から見た異国の森を、自分の足で歩いてみたくて」と大学院を休学し、一年をかけアジアからヨーロッパまでバックパッカーをして周った村口さん。一度は帰国し修士課程を修了したものの再び海外へ。前回の旅では訪れなかったマレーシアへ行ったところ、運良く雇ってくれる設計事務所に出会い、そのまま就職することに。

クロアチアでバックパッカー仲間と。

「日本での仕事経験もなく、そもそも設計者としての実務経験ゼロ」の中、強く心に刻まれているというのが、カトリック教会の建築プロジェクト。建設自体かなり難易度が高いものだった上、現場の進行もよく分からず、まだ英語力も未熟でコミュニケーションにとても苦労したそう。毎晩辞書を片手に議事録を作成するも、ボスからは毎回ダメ出しを受け、メンタルもきつかったと話す村口さんですが、数えきれないほど多くのことを学んだといいます。

「設計者には考えを形にする“権力”がある。だからこそ大きな“責任”も伴うという大事なことを学びました。そしてそのためには自分を信じ切ることができる“何か”を持たなければならないと、今も模索中です」。

森の中に佇む五角形の黒い箱が印象的な別荘『窟』(2009)。Photo_Koya Sato
森の中に佇む五角形の黒い箱が印象的な別荘『窟』(2009)。Photo_Koya Sato
森の中に佇む五角形の黒い箱が印象的な別荘『窟』(2009)。Photo_Gen Muraguchi
森の中に佇む五角形の黒い箱が印象的な別荘『窟』(2009)。Photo_Koya Sato
森の中に佇む五角形の黒い箱が印象的な別荘『窟』(2009)。

アートピースな建築作品を追求

マレーシアでは現地や欧米の大学を出ないとアーキテクトの資格が取れないため、自分のやりたい設計をするべく帰国した村口さん。2007年、公私共にパートナーとなる石井順子さんと、[とお]一級建築士事務所を立ち上げました。

独立直後に手がけた作品について、「基本的に身内の関係でやらせてもらったもので、だからこそ、ぶつけられるものは全てぶつけたという感じでしたね」といいます。特に初めて実現した建築作品『窟』(2009)は、森の中というロケーションのため「建物=四角」という人工的なイメージを離れることを追求したもの。撮影当日、私たちに斬新な構造の軸組模型を見せてくれながら、「五角形を敷地に置いてみたら、幾何学形状なのに自然に感じられた。対角線で割れない形だからなのか、不思議と自然にできた造形のような感覚を覚えた」と秘密を打ち明けるように教えてくれました。

「当時は、とにかく妥協のない洗練されたものを作れば認められるはずという幻想を抱いていた時期ですね」と苦笑い。「自分なりに突き詰めてはいたものの、今思えば実用性を度外視していた部分も」と振り返りますが、実際に訪れてみると、採光の妙や、別荘として生活感を隠すため随所に込められた工夫、そしてこの土地だからこそのデザインを兼ね備えた唯一無二の空間であると感じさせられました。

当時を振り返りながら語る村口さん。
洗練されたデザインのオフィスもご自身の設計。
作業スペースもスッキリとまとめられたレイアウト。

転機となる民間アリーナ設計への挑戦

転機が訪れたのは2010年。Bリーグ(当時bjリーグ)チームのホームアリーナの設計依頼が、突如事務所に舞い込みます。スポーツを中心とした街づくりの核となるプロジェクトとして、その事業規模の大きさからアリーナ専属の設計者が必要となり、村口さんに白羽の矢が立ったのです。

きっかけは大学の先輩からの一本の電話。「図面描きの下請けかなくらいに思っていたら、蓋を開けたら…という感じで。今思えば、手に負えないから断るかもしれないくらいの規模でしたが“出来ないかも”というより“なんでも設計したい!”という気持ちが大きかった」。最初は小さな役割を想像していた村口さんでしたが、実際には延床面積1万平方メートルを超える建物の意匠設計という大任を担うことになりました。それからの日々は、とにかく頼んでくれた先輩の信頼に応えたい一心で、「大変なことが当たり前で、大変という感覚すらなかった」というほど。

聞けば模型の製作から、CGを使った3Dパース、時には動画編集まで、仕事の垣根なくやれることは自分たちでやるという村口さん。「はじめのマレーシアの事務所がそうだったということもありますが、模型は工作の延長、CGは絵の延長という感じで、作るのが好きだから、というのが一番ですね」と、もの作り大好き少年の顔を覗かせます。

震災による着工の延期など様々な困難を乗り越え2012年、日本初の常設6面センターマルチディスプレイを備えた画期的なアリーナが完成。それはスポーツを“観る”だけにとどまらない“楽しむ”ことを目的とした欧米型アリーナの先駆けとなりました。

「ゼネコン設計部の方々と良いチームワークでやれたというのが、最終的にちゃんと形にできた一番の理由」。この仕事をきっかけに様々な民間アリーナを共に生み出すことになるプロジェクトマネージャーをはじめ、今に繋がるたくさんの出会いが生まれた「すごく幸せな案件だった」と話してくれました。

横浜みなとみらい21地区に竣工した『ぴあアリーナMM』(2020)。Photo_Hideo Tsuto
横浜みなとみらい21地区に竣工した『ぴあアリーナMM』(2020)。Photo_Hideo Tsuto
横浜みなとみらい21地区に竣工した『ぴあアリーナMM』(2020)。Photo_Hideo Tsuto
横浜みなとみらい21地区に竣工した『ぴあアリーナMM』(2020)。Photo_Hideo Tsuto
横浜みなとみらい21地区に竣工した『ぴあアリーナMM』(2020)。Photo_Hideo Tsuto

自分にはない視点や発想を生かす

これを皮切りに、2016〜2020年には日本初の民間企業が手がける1万人規模の音楽専用アリーナ『ぴあアリーナMM』をゼネコンとのJVで設計。そしてBリーグのホームアリーナ構想に沿った様々なアリーナ計画、さらには2026年春に渋谷に開業を予定する『バンダイナムコグループのコンサートホール』へと、多種多様な民間アリーナの設計に活躍の場が広がっていきます。

「エンターテインメントの舞台という、収益を主目的とする民間施設の設計に携わるようになったことで、視点が大きく変わりましたね」。実用性やコスト面が重視され、ともすれば創造的なアイデアやクリエイティビティに制約を受けがちな大規模集客施設ですが、経験を重ねるうち「自分だけでは出てこない新しいものを作るチャンス」だと捉えられるように。

さらに、村口さんの視点を変えたのはアリーナだけではありません。2011年から継続して手がけている『カフェ・モーツァルト』もそのひとつ。出店に際しての企画書作成から内装、グラフィックデザインに至るまで村口さんが携わっています。最初こそ「既にあるお店の世界観を無視した自分のデザインを提案してオーナーから一蹴されてしまった(笑)」そうですが、多くの人を魅了するカフェが建築的なアプローチで出来たわけではないと分かってからは、「自分にはない発想や場を作る手法も吸収したい」と、人間的な魅力が大きいオーナーから毎回多くの学びを得てきました。

仙台の人気カフェ『カフェ・モーツァルト』。Photo_Gen Muraguchi
仙台の人気カフェ『カフェ・モーツァルト』。Photo_Gen Muraguchi
仙台の人気カフェ『カフェ・モーツァルト』。Photo_Gen Muraguchi
仙台の人気カフェ『カフェ・モーツァルト』。Photo_Gen Muraguchi
仙台の人気カフェ『カフェ・モーツァルト』。Photo_Gen Muraguchi

ブランディングとの出会いで新たなステージへ

柔軟に新しい視点を取り入れながらキャリアを重ねてきた村口さん。目下チャレンジしているのが、旧石垣市役所跡地に建設予定の複合商業施設『八重山ゲート』です。

数字的な規模も、ステークホルダーの多さも、村口さんのこれまでのキャリアの中で一番。開業に至るまでの様々な変化に揺るがないよう計画した骨太なマスタープランを軸に、集客施設の設計経験で得たノウハウをもって、関係者みんながハッピーになれるゴールを目指しています。

『八重山ゲート』はプロジェクトマネージャーを中心に、立ち上げ当初からEXD.と共に作り上げてきたプロジェクト。コンセプトから外観デザインも含めて、ブランディングの一環として建築をデザインしたのは、村口さんにとって初めての経験だったそう。「建物は敷地に固定されてしまいますが、実際には周りの街とも繋がっていますよね。本来全て繋がっているから、社会の仕組みの中で『設計者の仕事は敷地の上だけ』、『外観だけ、内装だけ』みたいに分けられてしまっている“見えない壁”を超えて、ブランディングという広い視野で設計をすることで、より建物が生きてくるんじゃないか」と強い期待を込めます。

旧石垣市役所跡地に計画中の複合商業施設『八重山ゲート』のイメージパース。
旧石垣市役所跡地に計画中の複合商業施設『八重山ゲート』のイメージパース。
旧石垣市役所跡地に計画中の複合商業施設『八重山ゲート』のイメージパース。
旧石垣市役所跡地に計画中の複合商業施設『八重山ゲート』のイメージパース。
旧石垣市役所跡地に計画中の複合商業施設『八重山ゲート』のイメージパース。
旧石垣市役所跡地に計画中の複合商業施設『八重山ゲート』のイメージパース。

建築と人との幸せな関係を設計する

またEXD.との協業を通じて、一般の人にも伝わるコンセプトの重要性を再認識したといいます。

「建築はコンセプトが難解で、建築学科出身の人だけにしか伝わらないようなものが多い」。学生時代からそう感じていた村口さんは、バックパッカーをしていた際にヨーロッパ人旅行者が「うちの市庁舎、誰々が設計したよ」などと設計者の名前を上げて自慢げに話をする様子を目の当たりにし、一般の人も建築を身近に理解していることに感銘を受けたそう。

「日本にも建築家の思いが詰まった優れたデザインの建物がたくさんありますが、実際に使う人たちがその思いを受け取れず、使いやすいように変えてしまっているような状況を見かけます。しっかりとしたブランディングのもと一般の人にも共感できるコンセプトで建てられれば、建築への愛着が生まれ、使いやすさだけじゃない価値も分かってもらえるはず。そして次のいい建築が生まれる。そんな好循環が作れたらいいなと思うんです」。

『ぴあアリーナMM』プロジェクトを約2年半に渡る定点撮影と建設中の作業風景、竣工写真まで納めた作品集。

■株式会社[とお]一級建築士事務所ウェブサイト
https://10-toh.com

取材・原稿:西本篤史(西本広告事務所) 写真:津藤秀雄(フィールド)