E.JOURNAL
インタビュー
『E.ジャーナル』はメンバーが「いま気になる人」に“学び”をテーマに取材していく、EXD.Groupオリジナルコンテンツです。第2回目のゲストは、日本大学文理学部情報科学科助教でAI研究者の大澤正彦さんです。
幼い頃から追いかけ続ける夢
何をやっても失敗ばかりののび太のそばにいて、いつも助けてくれるドラえもん。「もし、自分にもドラえもんがいたら」。そんな妄想をしたことがある人も多いのではないでしょうか。
そのドラえもんを本気でつくろうとしている、若手AI研究者がいます。「きっかけを思い出せないくらい幼い頃から、そう思っていました」と、その場の空気を和らげるような、やさしい笑顔で話してくれたのは大澤正彦さん。日本大学文理学部の自身の研究室、2014年に立ち上げた人工知能コミュニティ「全脳アーキテクチャ」などを中心に、2000人を超える人たちとロボット開発を進めています。
ドラえもんをつくることで、どんな未来を目指しているのか?その問いに大澤さんは「素直にいうと何も考えてないです」といい、「正しくいうと『何も考えてなかった』ですね」と続けました。「幼い時に抱いた気持ちなので『人を幸せにしたい』というような、大それたことは思っていなかったはずです。人生をかけている夢だから、嘘はつきたくないんです」。
しかし、研究の輪が広がる中で、社会への影響について考えるようになったと語ります。「仲間が増えるにつれ、幸せになってほしい人が1人、2人と増え、気付いた時には100人くらいになっていて。『まずい!そのうち世の中の全員を幸せにしたくなっちゃうぞ!』と思うようになりました(笑)」。
そして、ドラえもんはその手段にもなりうるんだと大澤さん。「ドラえもんは、のび太にとことん寄り添うロボットです。そんな存在のロボットが一人ひとりに寄り添うことで個人が幸せになり、社会全体が幸せになる。そんな未来にできればうれしいですね」。
ドラえもんの頭は硬いか、軟らかいか
研究に取り組む上で重要なのが、ドラえもんの定義です。当初、定義づけに頭を悩ませたという大澤さんは「ドラえもんの頭は硬いか柔らかいか、どちらだと思いますか」と私たちに問いかけました。
「Twitterでアンケートを取ると、硬いが6割、軟らかいが4割でした。もし、僕が硬いと決めてしまうと、4割の人たちにはドラえもんと認めてもらえません。僕は本気ですべての人がドラえもんだと納得できるものにしたいんです」。
しかし、ドラえもんらしさは人によって異なるため、どれだけ機能を加えても定義づけは不可能と考えた大澤さんは「社会的承認」を得ることが定義だと結論づけました。「例えば友だちの定義を聞かれた時、『僕たち友だちだよね』とその場で互いに認め合えれば、それで十分です。同じように『これドラえもんだよね』と、みんなが認めてくれることを定義として採用しました」。その社会に認められる方法は、人に愛されるロボットにすること。そのための鍵となる技術がHAI(Human-Agent Interaction)です。
ドラえもんの“心”は、のび太の中にある
のび太を励ましたり、怒ったり、可愛い猫に恋をしたり。ドラえもんは感情豊かなロボットで、それがみんなから愛されている理由の一つです。その心をどうつくるか。この答えを探していた大澤さんは、たまたま聴講した大学の講演でHAIの技術に出会い、「これだ!」と直感したといいます。
HAIとは、人と関わることが得意なAI技術のこと。ロボットと人を一体のシステムとして考えます。その一例として大澤さんは、豊橋科学技術大学・岡田先生の「弱いロボット」を紹介してくれました。
「商業施設でゴミをなくしたい時、自動でゴミを拾うロボットがあれば便利ですがつくるのは簡単ではありません。そこで生まれたのが“ゴミを拾う機能がない”ゴミ箱型ロボットです。このロボットはゴミを認識して近づきますが、拾えずにモゾモゾします。それを見た人は『かわいそう』『助けてあげたい』と思って、ゴミを拾ってくれるんです。これくらいの技術であれば、開発の難易度やコストが抑えられます」。
特に大澤さんが惹かれたのが、HAIのコア技術となる「他者モデル」でした。他者モデルとは、人同士のやりとりの中で「自分だったら、こう感じるだろう」という「自己モデル」を応用して他者の心を想定するというものです。
「例えば人に殴られたら自分は怒るから、人を殴ったら相手も怒るだろうと、相手の心情を予測することができます。ただ、自分がなでられるとうれしいからと、コンピュータをなでる人はいません。その違いは自分にとって対象が単なるモノか、心を想定する他者か、どちらで捉えているかということです」。
しかし、私たちは人工物にも心を想定することがあります。ゴミ箱型ロボットを見て「助けてあげたい」と思うのも、その一例です。「他者として心を想定しやすくなる技術があれば、人はロボットにも心を感じます。実はドラえもんの心は、のび太の中にあるのではないでしょうか」。
この他者モデルの発想で大澤さんが開発しているのが、「ミニドラ」のような小型ロボット。顔がなく、「ドラドラ」程度しか話せませんが、人とコミュニケーションを取ることができます。
「例えばしりとりをすると『リンゴ』に対して『ドララ』と返します。これに『ゴリラ?』と聞いて合っていると『ドラ!』とうれしそうに反応します。いつか『ドラドラ』だけで完璧にコミュニケーションを取れるようにするのが目標です。その後から難しい言葉を加えるのは簡単です」。
この言語獲得の順番は、人と同じだと大澤さん。人は言葉を話せない子どもに話しかけ続けることで、コミュニケーション能力を育みます。「ドラえもんはつくるものではなく、育てるものと考えるようになりました。将来、研究室ではなく、家庭の中で完成を迎えるのかもしれません」。
東北においてHAIが持つ大きな可能性
この取材が行われたのは、福島県にある公共施設。フリースペースでは近所のおばあちゃんたちが手芸を楽しんでいました。「こんにちは。お邪魔してます」と声をかける大澤さんは、研究や全脳アーキテクチャの活動で、東北に訪れる機会も多いそうです。そんな大澤さんに社会課題が山積する東北において、HAIが持つ可能性について尋ねました。
「過疎地にHAIの遠隔操作ロボットを置いて、人とふれあうような温もりをつくることもできますし、介護現場ではHAIのロボットが活躍しています。また、エネルギー問題のように、人々の理解や社会にも配慮して技術の開発を進めなければいけないものこそ、人に寄り添ってアプローチできるHAIだからできることがあるはずです」。
それから大澤さんは「東北といえば」と「ドラえもんをつくることが夢という、東北に住む小学生の女の子から連絡をもらったことがあるんです」と口にし、テクノロジーの進化に対する想いを明かしました。「僕が子どもの頃は、同じ夢を持つ大人をネットで探し、オンラインで話すなんてできませんでした。テクノロジーは、ただ物事を便利に、作業を効率的にするだけでなく、こういう風に夢をつないだり、心を豊かにしたりする方向に進化していくべきです」。
最後に大澤さんにとって、ドラえもんがどういう存在か伺いました。「勉強や育児など、僕が生きてきたすべてがドラえもんに結びついています。ドラえもんは、人生そのものです」。
大澤さんが研究のロードマップで定めているゴールは2044年。その頃には、人とロボットが一緒にいることが当たり前。そんな少し不思議な未来が待っているかもしれません。
テキスト:遠藤啓太 写真:伊藤有宏